(naverニュース 韓国語 2006/05/16)
EBS「知識屋根裏部屋」が15日、韓国サッカー歴史の隠された裏話を公開した。韓国サッカーは1921年初めて開かれた「全朝鮮サッカー大会」を始まりに砲門を開いた。
この日、放送では1969年アジア青少年選手権大会で「くぎ反則事件」という不思議なハプニングが起きた事実を伝えて興味をそそった。事件は当時、韓国が準準決勝でイラン と会ってから始まった。力強い優勝候補だった韓国チームは、自信感にあふれていたが、相手の選手たちを見ると一気に気がくじけた。
体格が大きかったし鼻ひげまで蓄えたイラン選手たちの外貌は脅迫的だった。代表チームは必ず勝たなくてはいけないと言う考えで、緊急会議を開いた結果、「あきれたくぎ反則」を計画することになった。
競技が始まり、韓国チーム選手が秘蔵の武器を取り出した。選手たちはくぎを懐に密かに隠したままイラン選手たちの尻を‘キリキリ’と突き始めた。結局、イラン選手たちの抗議で韓国選手たちは審判の捜索を受けることになった。しかし、すでに作戦は終わっており、くぎは皆捨てた後だった。
韓国はくぎ作戦によって準決勝に進出した。しかし喜びもつかの間。韓国チームは準決勝で優勝の夢を捨てなければならなかった。理由はイラン人主審が不公平な判定を下したこと。
これと関連して、当時代表の一人だったユ・ギフン全青少年国家代表選手は「背が高くて図体が大きい外国選手たちにどうすれば勝てるか、それなりにたくさん悩んだ」とし「結局くぎを持って行って相手の尻や腕を一度ずつ突いたことがあった」と打ち明けた。
勝利に対する熱望で一杯だった韓国サッカー史。現在はヨーロッパのどの国の選手たちと比べても遜色がない我々の選手たちだ。国民は敢えてくぎがなくても2006年ドイツワールドカップで飛び立てると言う事実を信じて疑わない。 (翻訳 2ch 蚯蚓φ★氏)
30年たった2002年には、ちょっとだけ進歩して飛び道具を使うことを覚えましたね。
ウリのためには何をしても良いと思っているし、負ければ相手に不正が有ったと思う朝鮮人の気質を、日本人はもっと知るべきですね。
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流石は韓国。
う〜む、自分より大きな相手に勝つ方法というのがこれとは…。
体格差があっても正々堂々と戦うスポーツマンたちに謝れ!
33年後は、自分たちが審判を買収して対戦相手に不利な判定を下していたよなw
これなんて男塾名物?w
一度出場停止まで追い込んだほうがいいんじゃないのか。
大会の品格を守るためにも。
力が及ばなければ、審判を買収するに限る。
日韓ワールドカップでそれを実証。
なんともお粗末な国があったものですね。
それが隣国とは日本の悲劇。
レーザビーム、鏡に注意。
サッカーは日本経由で朝鮮に入ってきたのかな。
ジダンは2002年、韓国との親善試合でチョンに故意に負傷させられWカップにでれなかったよね。
ジダンは現役最後の試合だよね。
フランスサポーターに朝鮮人に注意するよう忠告すべきじゃない?
フランスでは「キャプテン翼」が大人気で
子供たちが、サッカーにすっごい夢見てます。
スポーツで笑えるのも大好きです。
http://google-hiroba.blogspot.com/2006/05/blog-post_114785380319690035.html
それもそんなに昔から。
>イラン人主審が不公平な判定を下した・・・
自分たちがそうだといって、他国の人もそうだとは限りません。
他のブログのコメントで指摘があって気付きました。
「1921」年に「全朝鮮サッカー大会」って、併合(植民地)時代は日本に苛酷な搾取をされていた時代じゃなかったっけ、と。
\(^o^)ハイ!
音にも気をつけてhttp://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/02/07/20060207000012.html
卑怯な手を行使してまで勝利をもぎ取ろうとはしない。
韓国はそのうちに国際的なイメージダウンは避けられなくなるだろう。
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