パク・チャヌク監督"韓国映画の2つのタブーは親北朝鮮と親日"
(中央日報 韓国語 2006/04/10)
“オールドボーイ”、“親切なクムジャさん”のパク・ チャヌク監督がアメリカ ニューヨークタイムズとのインタビューで韓国映画が扱いにくい2つのタブーに対して明らかにした。 彼が話した韓国映画の2つのタブーはまさに“親北朝鮮”と“親日”だ。
ニューヨークタイムズの週末特別版のニューヨークタイムズマガジンは今月末、映画 “親切なクムジャさん”のアメリカ公開を控えたパク・チャヌク監督をインタビューしてこれを'Mr. Vengeance'という題名で原稿用紙100枚分量にかけてのせた。 この題名はパク・チャヌク監督の映画“復讐は私のこと”と “親切なクムジャさん”の英文の題名'Sympathy For Mr. Vengeance'と'Sympathy For Lady Vengeance'を借用したタイトルだ。
パク・チャヌク監督は今回のインタビューで「“共同警備区域JSA”が初めて出てきた時、 北朝鮮の人らを怪物でない人間で描写した点のために多くの人々が衝撃を受けた」と説明した。 引き続き朴監督は 「これは結果的に映画が商業的に成功するのに役に立った」として「しかし北朝鮮政権を称賛することはできない。 それは大変な物議をかもすかもしれないから」と説明した。
パク・ チャヌク監督は他の禁止事項は存在するのではないかとのニューヨークタイムズマガジンの質問に「韓国で決して話せないことが一つある。 日本の支配が韓国に役に立ったと話してはいけない」として 「これは北朝鮮を称賛する映画よりさらに大きい敵対感を呼び起こすことになる」と明らかにした。 パク・ チャヌク監督は「これはユダヤ人らにホロコーストが存在しなかったと話すことと全く同じだ」 と付け加えた。
一方ニューヨークタイムズは今回のインタビューを通して、パク・ チャヌク監督の履歴と作品世界はもちろん家族の話と関心事まで詳しく扱った。 彼らはパク・ チャヌク監督の映画が残忍な暴力を主に扱っているという評価と一緒に「韓国映画で表現の限界は存在しないようだ」として「パク・ チャヌク監督の成功は別名“コリアン ウェーブ”と呼ばれる韓国映画の新しい中興の産物」と韓国映画界の跳躍に対しても大きい関心を見せた。
ニューヨークタイムズはパク・ チャヌク監督に対して国内では人気がある興行監督として認められているし、映画“オールドボーイ” で2004年カンヌ映画祭グランプリを受賞するなど世界的に認められていると高く評価した。
彼らはパク・ チャヌク監督が2002年と2003年映画専門サイトエイントゥイックルダッコムが選定した世界最高のフィルムメーカーに選ばれたとし,アートハウスと大学祭りでは先を争って,パク・ チャヌク監督の復讐3部作を上映しようとしているとパク・チャヌク監督が享受している高い人気を説明した。(機械翻訳 一部修正)
これが韓国の『被害者正義史観』のあらわれですね。
![]() | 闘え、日本人―外交とは「見えない戦争」である 日下 公人 by G-Tools |












あとがきに日本の漫画を元に映画化し、映画をノベライズしたものだと書いてありました。
ちゃんと当初から「日本の漫画が原作」と表明していたかどうかは不明ですが・・・
ちなみに舞台は完全に韓国で登場人物も全て韓国人。
ヒロインが寿司職人である以外、まったく日本は関係ありません。
もう大分読んだ記憶が風化してますが、十年間拉致されていた主人公が解放された直後、風の中のキムチ臭に感動する場面が印象に残ってます。
でもそれに縛られ過ぎて、韓国自身もどうにもならなくなっているような気がします。
自縄自縛、ってヤツですか。
>>オールドボーイ
漫画では、拉致から解放されると、監禁中に食わされていた食事(中華の出前)の味から店を探し当て、監禁場所を探ります。
前半の展開は面白かったけど、後半の謎解きはグダグダだったな。
えぇぇぇ、うっそぉん…って感じで。
確かに、あのシーンは韓国人にしか撮れないかもしれない。
無かったと言う状況なんですけどね。
冷戦後にあらゆる資料が共産圏から流出しましたから。ドイツ国内に虐殺刑務所は無かったと言う結論に達しています。
(正確に言うと日本派の朴泳孝が身分制度を廃止した。)
李氏朝鮮が大清国にどんな目にあったのかを思い出せば、日本と韓国の関係も見直せると思うんだけどね。
この現状をどう思っているのか、が全く
伝わってきませんね。そこが残念。
オールドボーイは最悪でした。グロすぎる。
日本での興収もダメだったはず。
一部ボールペンで書かれてるんですが・・・
ボールペン、開発されたの、2次大戦後・・・
http://www.nytimes.com/2006/04/09/magazine/09park.html
The Japanese occupation lasted from 1910 until the end of World War II, and it was often brutal, but it was no Holocaust.
Much of the Korean elite collaborated, as they later would with postwar dictatorships, because the occupation brought benefits too: railroads, schools, industry, efficient administration.
Park admitted that the paradoxes of collaboration could be interesting and said that there were books and novels that dealt with such cases but that they couldn't yet be touched in the movies.
It is a curious notion: you can show the most terrible violence in Korean films, even children being tortured, but the cherished myths of nationalist history have to be left untouched.
時々残忍なこともあったけれどホロコースト並に酷いことは無かったし、占領当時は韓国人エリート達が協力して社会を発展させてきた云々。
ページトップに行く▲
トップページに行く★