東京・南麻布の一等地を買ったある在日商工人
(統一日報 2008/11/12)
東京港区南麻布1丁目。駐日韓国大使館は、この3086坪の土地に建っている。
南麻布は、近代日本の礎を築いた人物が住んだ地だ。日銀創設者の松方正義を出した松方一族が明治期から住み、第2次大戦中には、海軍大臣を務めた米内よない光政が別荘として一時期使用したといわれる。松方も米内も総理大臣を歴任した、当時の日本政界を代表する大物だった。
日本の敗戦によって昭和20年代の初期に所有権は転々としたが、昭和27(1952)年、大阪で紡績業を営んでいた在日韓国人、徐甲虎がこの地を購入した。
家も工場も大阪にあった徐甲虎が、なぜ麻布の広大な敷地を購入したのか。当時韓日国交正常化の前だったため、韓国大使館の役割をはたしていた韓国代表部が置かれた状況と重ねてみると、一つの仮説を立てることができる。
1948年8月15日に樹立された韓国政府は、翌1949年1月、対日外交交渉窓口として駐日韓国代表部を東京に設置した。中央区銀座の服部ビル4階だった。国際社会が認めた朝鮮半島唯一の合法政府だった韓国は、ほかの外国公館に劣らない一等地に駐日代表部を置くことができた。しかし、内部の財政は困窮を極めていた。韓国の外交官は本国外務部(当時)から経済的支援を受けることができず、わずか数名の職員であったが、給料の支払いが滞ることもままあった。
最初のうち、不定期的ではあったものの経費の送金はあったが、政府は後に送金を故意に中断した。公使には「代表部の経費は在日韓国人からの支援でまかなうように」という通達が届けられた。当時の職員は、代表部の運営は在日韓国人の財政支援に頼っていたと証言している。
在日韓国人の支援に頼りながら何とか業務を続けていた駐日代表部は、1952年、閉鎖の危機に瀕する。同年4月、サンフランシスコ講和条約の発効により国家主権を回復した日本は、国連加盟国が無償で使ってきた駐日公館と官邸を日本に返還するよう求めた。財源が乏しかった駐日韓国代表部は、路頭に迷う瀬戸際に立たされた。新しい公館用地を見つけられなければ、職員らは有無を言わさず帰国させられる状況に置かれた。
当時代表部の首席代表だった金溶植公使は、東京で事務所の候補地を探し、購入に必要な予算案を作って本国政府に支援申請を行った。政府の返事は「支援不可能」だった。韓国政府は駐日代表部にその代案を提示した。朝鮮王室の末裔、李垠が居住していた東京・赤坂の家を返還してもらうように、との内容だった。政府は解放直後、国内で日本人に協力したいわゆる親日派の財産を没収していた。李垠の邸宅も親日派の財産を没収したように、容易に手に入ると思っていた。しかし、日本で勝手に個人の財産を没収するのは不可能なことだった。駐日代表部はわらにもすがる思いで李垠側と接触したが、「この家は天皇が私に下賜したもの」という李の一言で、断念せざるをえなかった。
窮地に追いやられた代表部は、在日韓国人に最後の希望を託すしかなかった。金公使をはじめとする職員らは、当時大阪一の富豪だった徐甲虎のところにも、支援を頼みに行ったに違いない。韓国代表部が公館を探しはじめたのは1952年4月。徐が南麻布1丁目の土地を購入したのは、その年の9月のことだった。(敬称略)(ソウル・李民晧)
>大阪で紡績業を営んでいた在日韓国人、徐甲虎
阪本紡績 、通り名:阪本栄一
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日韓歴史共同研究委員会 報告書(第1期)
第10章 日韓経済関係〈戦後日韓経済関係の形成における両国財界人の役割〉より一部抜粋
3. 日本における財界人の活動
3−1 在日韓国人企業家の存在と貢献
(1)企業家・徐甲虎
日本にいる日本人と韓国にいる韓国人の関係からのみとらえた日韓関係は、あくまでも一面を見たに過ぎない。国交がないのみならず正式な外交ルートが存在していない時期においても、日本に基盤を置きつつ両国間を往来できた一部の在日韓国人たちの存在は極めて重要であった。日本人と韓国人(本国人)間の公式チャネルとは別ルートのチャネルが存在したことは、日韓関係、特に経済的側面の形成に重要な意味を持った。また在日韓国人企業家が多数結集し財界団体を形成し組織化していくことで、日本財界との連携強化が図られ、日韓間の経済関係構築は一層多面的に進展した。
そうした機能を有した代表的な在日韓国人企業家のひとりが徐甲虎(日本名・阪本栄一)阪本紡績社長である。徐甲虎は1928年、14歳のとき日本に渡り、さまざまな業種を経験したあと太平洋戦争末期に軍需品の納入で財をなし、戦後廉価で紡績機械を集め紡績事業を開始した。戦後の復旧景気のなかで2万錘規模の阪本紡績を1948年に設立した(大阪府・泉南)。朝鮮戦争の特需景気に対応して急成長を遂げ、大阪紡績、常陸紡績と相次いで大規模会社を設立する一方、不動産・ホテル・娯楽といった事業にも幅広く進出した。
1959年の所得番付を見ると、松下幸之助(松下電器産業)、出光佐三(出光興産)、鈴木常司(ポーラ化粧品)、竹中錬一(竹中工務店)、大倉喜七郎(川奈ホテル)、石橋正二郎(ブリヂストンタイヤ)、井植歳男(三洋電機)に続く第8位に位置している(日本名・阪本栄一にて記述)。
日本で成功した徐甲虎は、軍事革命後、革命政府の強力な僑胞(在日韓国人)資本誘致計画により母国投資に積極的に乗り出す。不正蓄財処理の過程で全財産の国家献納という形で韓国産業銀行の管理下に入っていた当時の泰昌紡績を引き受け、これを母体に邦林紡績(ソウル)・潤成紡績(大邱)を設立した。日本で「紡績王」と呼ばれた徐甲虎は韓国でも一大紡績グループ形成を進めるが、潤成紡績の大火災事故から一転して経営危機に陥り、結局本国からの撤退、さらに日本においてもその影響に加えて繊維不況、多角化の失敗などの要因が重なり、1974年9月にはついに阪本紡績本体も倒産に至った。負債総額580億円に至る阪本紡績の倒産は戦後最大規模と評された。(略)
(3)駐日韓国代表部と徐甲虎 韓国政府と占領下の日本政府間の外交交渉の窓口となったのが駐日韓国代表部であり、1949年1月14日、東京・銀座の服部ビルディング(現・和光ビルディング)4階に設置された。諸外国の駐日代表と同様、連合国総司令部に対して派遣されたもので、日本政府はその支配下にあったため外交権がなく、直接交渉が禁じられていた。
駐日代表部にとって当初の懸案事項は、日本の植民地時代に朝鮮半島から日本に移り住み、戦後もさまざまな理由によりそのまま日本にとどまるようになった在日韓国人・朝鮮人の法的地位と処遇に関する問題処理であった。
駐日代表部の設置当時、その運営には困難が多かった。本国政府から正式に任官された職員はわずかに2、3名で現地雇用職員が2、3名いるだけであった。本国外務部から支給される経常費では公館維持すら厳しい状態であったが、本国政府は在日韓国人たちからの経済的貢献を仰ぐよう首席代表に指示していたと言う。一方在日韓国人側としては、駐日代表部創設を歓迎する一方、大きな期待をかけていた。彼らの中には新興実業家として成長し、経済的富の蓄積に成功する者もいた。実際彼らの支援が初期の駐日代表部を経済的に支えたのであり、その代表例が阪本紡績社長・徐甲虎や利川製鋼社長・徐相禄たちであった。彼らの貢献の一端を振り返ってみよう。
サンフランシスコ講和条約発効(1952年)に伴い、駐日代表部の事務所と公使官邸は本来の所有者へ返還することになった。第6代首席代表の金溶植は新たな代表部事務所と官邸を準備するための予算を本国政府に申請したが、李承晩からの返答は予算措置を認めないばかりか、「(朝鮮王朝最後の)李垠公が住んでいる東京・赤坂の邸宅が朝鮮総督府の財産であるゆえ、その邸宅を返還してもらい使用せよ」というものだった。第4代首席代表の金龍周時代にも邸宅の返還要求問題が立ち上がったが、李垠公側は「(この邸宅は)日本の皇室から李垠公個人に下賜されたもので、代表部との交渉に応ずることはできない」と返答し、物別れに終わっている。
李承晩からの指示により金溶植がふたたび交渉したところ、当初は無反応であったものの、後になり「邸宅を手放す代わりに息子・李玖の米国留学費用として15万ドルを要求する」メッセージが李垠公側から韓国政府に出された。
金溶植はこの邸宅の価値を100万ドル以上と判断し李承晩へ提案受け入れを建議したが、「邸宅は韓国政府の所有であるので、強力に交渉し明け渡しを受けよ。応ぜざる場合は居留民団を動員し、太極旗を掲げ実力行使をしてでも明け渡しを受けよ」との命令が下された。金額については「わが国がわが国所有の家の返還を受けるのに、そのような大金を与えることはできない」という反応であった。本国政府は一切予算措置をすることもなく、このような実行不可能な訓令を出すばかりで金溶植以下現地の立場は窮地に陥った。
こうした中、現在の韓国大使館(港区・麻布)が位置する最適の物件に出会うこととなった。かつての所有者は松方正義公爵、大戦中は米内光政海相の邸宅であり、戦後はデンマーク公使の邸宅となっていた。デンマーク公使との交渉により価格は4,200万円と出された。金溶植は大阪出張の際、関西の最有力実業人である徐甲虎阪本紡績社長に現状を訴え、物件購入の件を相談したところ、二つ返事で購入が実現することとなった。徐甲虎が韓国銀行東京支店から必要資金を借り入れて物件を購入し、代表部に貸与することになったのである。
駐日代表部は、これらの例に見られるように、李承晩の無理難題の続く命令にかなりふりまわされていた。職業外交官出身の金溶植にしても、感情論にもとづき頑なな姿勢を貫く李承晩大統領時代に駐日代表部首席代表であったことは相当のストレスとなっていたと推察される。それは彼の回顧録(『金溶植外交33年 暁の約束』)の随所に見られている。(略)
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李承晩のキチガイっぷりが素晴らしいですね。
この連帯感なら破綻してもやっていけるさ!
憎き日本に大使館を作るのは親日法に違反するのではなかろうか。
戦後よくあった話だよね。駅前のパチンコ店になっている土地とか。
やはり不法占拠地をごまかすためかもしれませんね
特に賞品問題に関しては、取りそろえの充実を要請し、遊技客による賞品の換金率の減少につながるような営業形態を求めた。
亀主査はまず不正遊技機について言及。警視庁管内においてコネクタ外し、不正ロムの取り付けなどの不正改造事犯が見られると指摘した上で、経営者に対しては営業所の人事を含めた管理と実態を把握し、経営者自ら従業員に指導するよう要請した。
また、賞品の取りそろえの充実については、一般の生活に供する多様な物品の取りそろえだけでなく、価格の面でも様々な物品をそろえるよう要請。
さらに「賞品の取りそろえの義務の履行は、基本的には遊技客による換金を少なくして、営業の健全化に資するだけでなく、健全な娯楽であることを国民に訴えていくためにも重要」とも述べ、賞品の換金率の減少につながるような営業を求めた。
その他、賞品の買い取り行為、広告および宣伝の規制並びに構造および設備の維持義務、固定ハンドル、射幸性の抑制、低額の遊技料金、認定遊技機について、それぞれ言及した。
http://www.adcircle.co.jp/greenbelt/news/contents/2844.html
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1226069752/
で、「お主も悪よのォ」になるわけか…
在日は差別されていたんじゃないのか?
>政府は、〜李垠の邸宅も親日派の財産を没収したように、容易に手に入ると思っていた。
>、「この家は天皇が私に下賜したもの」という李の一言で、断念せざるをえなかった。
韓国人や在日の言い分だと日本が李王家を潰したことになるらしいが、これだと韓国政府が潰しにかかって天皇家が保護していることになるぞ。
以上の二点の矛盾を韓国人か在日分かりやすく説明してくれ。
…貧乏も朝鮮文化?
>財界団体を形成し組織化していくことで、
>日本財界との連携強化が図られ、
>日韓間の経済関係構築は一層多面的に
>進展した。
しれっとこんなこと書いてるけど、
「これからまだまだ在日使って日本に集りますよ」
っていうフラグじゃないよね?
>戦後もさまざまな理由によりそのまま日本にとどまるようになった
>在日韓国人・朝鮮人
「さまざまな理由により」とか。
具体的内容を言ってみ?
無料の帰国便まであったのに帰れなかった事情を。
その土地はお前らのモンじゃないからな、日本国の土地を勝手に占有しているだけだからな。
いや、南の方が上かも知れませんね。
われらがノムもこれに比べたら真人間だわ。
無事だったんですね。よかった、よかった。
これからゆっくり記事を読みます。
それでこそまともなマスメディアなのに。
南ばっかり叩いてた連中もいたけど、結局両方叩かなきゃいけなかったんだよな。
●国籍法改正案とは?
D N A 鑑 定 な し に、男親が「俺の子です」と認知さえすれば、
外国人の子供が誰でも日本国籍を取れてしまうようになるザル法案。しかも、罰則は超緩い。
●成立すると起こりうる問題
DNA鑑定不要→偽装認知が簡単 / 母親と結婚していない人でも認知可能→1人の日本人男性で何百人もの認知が可能
その結果…
・人身売買・児童買春など悪質なビジネスが横行
・偽装で取得した子供の日本国籍を盾に続々と外国人親族が日本に大挙
→外国人スラム街が誕生し、治安が悪化。いずれ日本のことを外国人に決定されるようになる。
・巨額の血税が、偽装認知で生活保護の権利を得た外国人親族のために公然と使われる など多数
まとめwiki: http://www19.atwiki.jp/kokuseki/
まとめ動画: http://jp.youtube.com/watch? v=sjFM6q2C160
http://www.nicovideo.jp/
watch/sm5193008
ま、こそこそ燃料投下しにくるなら帰国して南北統一したらいかがですか?
堂々と金を無心するネタが出来るかもね…
ネタがありすぎるから住人に耐性ができちゃって、普通のネタでは満足できなくなってるの。
だから、ネタの選別基準を高くしただけ。
体操でもフィギュアスケートでも、だんだん採点基準が厳しくなってるだろ。
そういう意味で、おたくの民族はどんどん成長しているんだよ。
「基地外」という方向にね。
1週間程度休んだら“ネタがない”?
WWW1週間と言わずそれ以上の期間、更新しないことザラの俺んところはどうするよWWW
君達のバカ同胞のニュース(しかも全部自爆ネタW)にわざわざ付き合ってるんだからそりゃ息抜きも必要だろ。
息抜きせずにネタ提供してるどこぞの“優秀民族”と一緒にしないでくれよWWW
しかし、そんなに金無かったら大使館と言わず、当時ナゼ国交断絶してくれなかったかな〜?
その方が現状のグズグズ状態にはならなかったと思うんだが・・・。
無理か、どう転んでもkみたいに粘着してくるなw
そのネタの無いブログに※してるのは誰だね?他でもない君だよ。
そして燃料投下しているのも君なんだよ。
閉鎖させたいなら※しなければ良い、それが判らない優秀民族www
今後も、燃料投下がんばってくれや。フルボッコにするけどなwww
> kさんよ、俺の嫌韓増加活動に協力いただきありがとさんWWW
同感ですね。
在日どものアホな挑発行動も、日本を少しでもまともにするのにはむしろ好都合なんですよ。
使える奴らですw
中の人にも都合ってーもんがあるでしょうに。
そこらへんを考慮できんのは銭塵だからか。
お前がネタだろ。
記事だけ見ると悲劇に終わった美談っぽい。
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